こんなんあり?

 世間は成果主義への転換を図ろうとしている。いや、すでに転換してしまったのかもしれない。にもかかわらず、医療制度は旧態依然としているようだ。これだけでは何をいっているのかわからないと思うので、少々説明したい。
 私が3ヶ所の診療所に勤務していることはすでに話した。そのうち、A診療所では週2回あった診療日が週1回に縮小、つまりリストラされたわけだ。その主因は、臨時休診が頻繁にあったことだと思っていた。事実、それが理由であるとの説明を受けている。ところがそうじゃない理由がわかってきた。きっかけはC診療所院長からの電話だった。
 C診療所は、医者一人、パラメ10人弱という大所帯である。ここに院長の体調不良によって、数人のヘルプが入った。その一人が私であるが、私は全9コマの診療枠のうち、4コマを任されることになった。
 私は、これを向上心と呼ぶのかどうか疑問だが、常に新しい情報を取り入れることを心がけていた。それが患者さんのためになると信じていたから。それはつまり、新しい治療法を導入すること、であり、場合によっては医者、患者両者の負担を減らすことにもなっていた。だから、新しい治療法で急速に症状が消失する人もあれば、そうじゃない患者さんもいる。症状が消失した患者さんに関しては、それまで頻繁に通院してもらった状況から抜け、一定の期間を間にはさんだ経過観察期間に入る。そしてその期間中大きな問題がなければ治療終了、つまり治癒するわけだ。
 医療機関は、患者さんが受診することによって、初診若しくは再診料を保険組合に請求できる。また、その他の必要な処置、検査の手数料も同様に請求できる。だから、患者さんが頻繁に受診する間は、変な話だが、医療機関は儲かるわけだ。もちろん、ここで何をどう請求する、できるのかという別の問題があるのだが、それは今回は省く。繰り返す。患者さんが調子の悪い間は、頻繁に受診するので医療機関は儲かる。ところが、症状が収まって、経過観察機関に入ると、患者さんが通う回数は減る。つまり、医療機関は儲けが少なくなる。これは当たり前のことだ。私も納得している。ところが、近年の医療技術の進歩によって新しい局面が生まれてくる。つまり、慢性疾患をどうするか、ということだ。
 さらに繰り返すが、風邪や外傷といった急性疾患は、治療初期には頻繁に受診し、治療、処置を繰り返すが、症状が改善してくると通院の必要性がぐっと減る。ところが、喘息や精神疾患などの慢性疾患では事情が異なってくる。治療が適切に行われれば、大部分の患者さんは症状が落ち着き、経過観察機関に入る確率が高くなる。言いようによっては、適切な治療を行った方が早く症状が落ち着くわけだ。つまり、通院回数が減少する。これは医療機関の儲けには繋がらない。精神科では、症状が落ち着いていれば大部分の薬剤は1ヶ月投与が認められている(例外は睡眠導入剤などの一部である)。つまり、腕の良い医者は経過観察期間の長い患者さんを多く抱えるわけだ。だが、これは儲けに繋がらない。特に治療も処置も必要のない、同じ薬物を投与し続ければいいだけのことだから、保険機関も多額の支払い請求には応じない。かろうじて私が少しだけ知っている内科疾患は喘息だけなのだが、これも事情は一緒だ。が、内科学会の発言力は強いので、保険制度の変革も内科疾患から始まることが多いのだが、喘息に関しても、初期の対応をうまくすれば経過観察期間に入るのは精神疾患と同様だ。そこで慢性疾患管理料という方法が導入されている。もちろん、精神科にもその請求はできるのだが、その請求額は少ない。
 具体的な金額を例示できればいいのだが、そこまでまだ勉強がいたっていないのでご勘弁いただくとして、話を続ける。ここまでの論法で行けば、腕の良い医者や、治療法が確立された分野では、収入が激減することになるという話だ。成果主義からすると、これはおかしい。治療がうまく行くと儲からなくて、治療がへたくそだと、儲かる。つまり、いい加減に診療したほうが、繁盛するのだ。こんな話はあるか?
 C診療所院長からの電話はこうだった。
 私は、症状が落ち着いた患者さんに関しては、患者さんの通院の便宜と、私自身が疲れないように、つまり激務を避けるために、通院間隔を延ばすことにしていた。それはA診療所でもB診療所でも同様である。C診療所だけ特別の措置を行っているわけではない。すると当然、毎月の延べ受信者数は減少するから、単価を上げないと儲けが少なくなる。ところが、それは先に述べたように、請求額、つまり単価は下がるのだから儲けの減少に拍車がかかる。それは困るというのだ。経営からするとそうであろう。単価と顧客の数を増やすことで企業は成り立っているのだから。だが、いい加減な対応しかしてくれず、頻繁にサポートを頼まなければいけない会社と、いったい誰が喜んで契約を結ぶのだろう。世間的には、十分なサポートと、安心できる内容に対して謝礼となる対価を払うのであろう。そして市場をしき開拓していくのが企業の進むべき道だと理解している。これが医療業界では逆転しているのだ。医療業界では、新規開拓することは新たな病気を作ることであり、これは現在の医療費抑制の動きからは逆の方向性になる。厚生労働省は医療費削減のために、請求額単価(これを業界では点数と呼ぶが)を全体では減らそうとしている。
 私自身はこの方針を続けるつもりなので、早晩、C診療所から撤退することになろう。A診療所でも同様の方針をとっていた(る)ため、おそらく、来年度はリストラされるだろうと思う。B診療所ではどうなるか....。