その1

 精神科で薬を使うと聞くと、すぐに薬漬けにするのだろうと思う方達がいます。それは一面で正しい。どういうことかと言えば、精神疾患のうち最も治療困難とされている疾患に統合失調症という病気があります。統合失調症は、幻聴が長期間聞こえてそれに対して耐えかねて怒り出すとか、なぜだか分からないが自分が国家組織に狙われていると感じ、その理不尽さや恐怖で怒り出すとか、一目には興奮しすぎの面が目立つ病気です。これらを陽性症状といいます。ちなみにそれでは陰性症状は何かといえば、気力がわかないとか人づきあいが面倒になって孤立するとか、まぁそういった症状です。
 さて、このはために目立つ陽性症状の治療は、単純に鎮静することになります。麻酔薬として開発されたクロルプロマジンが、たまたまこの陽性症状を抑えたことから、この人工冬眠用の薬物を真似て抗精神病薬の開発が始まるのでした。
 以後、統合失調症の治療は、いかに鎮静するかという命題が掲げられるのでした。そのため、精神科というとどろりと鎮静された患者さんが目につくようになりました。
 ところが、統合失調症の発病当初の症状が、緊張病型という激越な興奮状態から、妄想型という妄想が主体で、周囲への暴力的な働きかけが少ないタイプにシフトし、薬物療法の主流が変わってきたのです。それはこの10年ほどの動きですが、陰性症状に対する効果をも持つ、新世代の抗精神病薬の登場です。
 これらの新しい抗精神病薬は、もちろん、鎮静効果も十分にありながら、同時に自閉的な気分を改善するという薬剤です。この新薬が市場に出回るようになってから、統合失調症の治療は大きく変わりました。それまでは鎮静する一方だったのに対して、新薬による気分向上の治療も行えるようになり、また、これまで多剤併用が当然だった治療指針も、新薬単剤による治療が可能になったのです。
 もちろん、新薬に反応しにくいケースもあるので、完全に治療方針が転換したわけではありませんが、これでどろりとした患者さんが圧倒的に少なくなりました。
 そういうわけで、精神科=薬漬けという構図は解消されつつあるのです。