「子どものうつ」に気づけない!

「子どものうつ」に気づけない!―医者だから言えること 親にしかできないこと

「子どものうつ」に気づけない!―医者だから言えること 親にしかできないこと

 前作「子どものうつ 〜心の叫び」に続く、子どものうつ病の解説本である。前作よりも事例を多く取り入れわかりやすい表現になっている。こちらを咲に読んでから、前作を読む都より理解しやすいと思う。
 94ページから始まる「子どもに問題が起きたときの10カ条」だけでも読む価値はある。
 巻末の児童精神科医のリストは役に立つと思う。個人的な話だが、「つまらん」と思い数年前に学会を辞めてしまったので私の名前は、ない。

その1

 精神科で薬を使うと聞くと、すぐに薬漬けにするのだろうと思う方達がいます。それは一面で正しい。どういうことかと言えば、精神疾患のうち最も治療困難とされている疾患に統合失調症という病気があります。統合失調症は、幻聴が長期間聞こえてそれに対して耐えかねて怒り出すとか、なぜだか分からないが自分が国家組織に狙われていると感じ、その理不尽さや恐怖で怒り出すとか、一目には興奮しすぎの面が目立つ病気です。これらを陽性症状といいます。ちなみにそれでは陰性症状は何かといえば、気力がわかないとか人づきあいが面倒になって孤立するとか、まぁそういった症状です。
 さて、このはために目立つ陽性症状の治療は、単純に鎮静することになります。麻酔薬として開発されたクロルプロマジンが、たまたまこの陽性症状を抑えたことから、この人工冬眠用の薬物を真似て抗精神病薬の開発が始まるのでした。
 以後、統合失調症の治療は、いかに鎮静するかという命題が掲げられるのでした。そのため、精神科というとどろりと鎮静された患者さんが目につくようになりました。
 ところが、統合失調症の発病当初の症状が、緊張病型という激越な興奮状態から、妄想型という妄想が主体で、周囲への暴力的な働きかけが少ないタイプにシフトし、薬物療法の主流が変わってきたのです。それはこの10年ほどの動きですが、陰性症状に対する効果をも持つ、新世代の抗精神病薬の登場です。
 これらの新しい抗精神病薬は、もちろん、鎮静効果も十分にありながら、同時に自閉的な気分を改善するという薬剤です。この新薬が市場に出回るようになってから、統合失調症の治療は大きく変わりました。それまでは鎮静する一方だったのに対して、新薬による気分向上の治療も行えるようになり、また、これまで多剤併用が当然だった治療指針も、新薬単剤による治療が可能になったのです。
 もちろん、新薬に反応しにくいケースもあるので、完全に治療方針が転換したわけではありませんが、これでどろりとした患者さんが圧倒的に少なくなりました。
 そういうわけで、精神科=薬漬けという構図は解消されつつあるのです。

教室の悪魔

教室の悪魔 見えない「いじめ」を解決するために

教室の悪魔 見えない「いじめ」を解決するために

 いじめ。子ども達に直接接する職業としては見逃せない話題である。この本にはいじめの実例がいくつか掲載されているが、実に陰湿で、いやらしい。被害者の子どもはその発覚を極度に恐れ、加害者は暮らす全体という集団でおそってくるがゆえに、発覚しにくい。
 いじめ被害経験者としては、これ以上、被害が広がらないよう、祈るのみである。

ご報告

 2005年12月、B区C駅駅西口徒歩2分に、小児精神科専門診療所として、西竹の子クリニックは生まれました。担当医は私だけ。診察日は水曜のっご2時から6時半までと、土曜の午後2時から6時半までの週2回。カウンセラーは、各曜日専任が1人ずついる。
 開設1年目における総受診者数は約150名。のべ約1200回。2006年11月でいえば、9回の診察コマに平均16人受診していた。
 受診者の男女比は1:2で女性が多い。これは心の問題を大切にするのは女性が多いという話と一致する気がする。以前からのつながりで、成人の受診者も担当しているが、6歳から17歳に限れば3:5とやや男性が増える。全体の割合でいえば約6割がこの年代だ。
 受診者の居住地域は、さすがに足立区内が最も多く、以下、層化、春日部、越谷、川口、さいたまが多い。診療圏は足立区周辺と埼玉県南部に広がっていた。
 1年の診療でお引き受けした新患は95名ほどで、月平均8人弱。新患受診のピークは1月10人、4月12人、10月17人と、新学期が始まる時期に集中している。私が発達障害が苦手なこともあり、お電話を受けた段階でお断りしている。
 受診者の診断は、うつ病不登校(親の相談を含む)、子どもの相談(ひきこもりなど)、統合失調症、、パニック障害、チック、社会恐怖、偏頭痛、アスペルガー障害などが目立つ。
 需要に供給が追いつかないこの分野は、「時間をかけること=丁寧に診察する」という図式ができあがっているため混んでいるところでは3ヶ月あるいは6ヶ月待たなければ診察が受けられない。私はそれはおかしいと感じている。中には急激に起こってくる疾病もある。全ての小児精神科が流行りの発達障害で埋め尽くされて良いわけがない。そう思って、急な疾患に応じるために、初診は原則として申し込みのあったその日か、直近の診察日に行った。とにかく今を何とかして欲しい、という要求に即応し、次の診察までにはすっかり回復してしまった方も少なくない。あえて予約制を取らなかったことの利であろう。

 私の念願だった小児精神科クリニック。応援して下さった皆様のおかげで実現にこぎつきました。本当に感謝しています。どうもありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。

 今後は、その時々で思った、治療の覚え書などを発表してゆきたいとお思います。

クスリってなんだろう。考えてみる。

 病気を治療してくれるもの、ということしか浮かばない。
 クスリを使いたくない、という病気の人は多い。何故? クスリ大好き人間の僕には理解できない。自然なままが良い、と言う意見もある。だったら、自然に病気になったのだから、病気の悪化も受け入れればいい。でも、治したいという。
 クスリは毒だから、という。毒って何? 身体を害するもの? 確かにクスリは使い方によっては身体に害を及ぼす。でも、適切に使っている限り有用なものだ。身体に取り込むものはすべてが毒である、何故なら肝臓で解毒するから、と言う人がある。すると食物も毒だ。本当?
 食べ物は毒じゃない、と言うことは僕にも分かる。じゃあ、食品添加物は? 着色料が使われていても平気で食べる。食品添加物は平気で、クスリはダメ?
 必須アミノ酸というのがある。人間自身が合成できないので、食事から摂る必要のあるタンパク質だ。これは身体の不足を補うもの。クスリもそうじゃないの? 例えば抗生物質。普通は体内に入り込んだ黴菌は、人間自身の本来の仕組みで排除できる。が、排除できない黴菌に対して、抗生物質はそれを排除する力を貸してくれる。問題なのは自分自身で排除できる場合にも抗生物質を使うときのこと。
 身体の病気は治療するけど、心の病気はクスリを使いたくない、と言う人は多い。でも、心も身の内。心は脳の働きで生まれるから。脳みそがうまく機能しなくなったとき、心が乱れる。心のクスリは、脳の働きを補うもの。でも、イヤ、という。何故?
 足りない機能を補う,というのだったら、サプリメントはどう? 抵抗ない人、結構多いよね。サプリメントも立派なクスリ。でも本来は食事で補うものだよね。現代人は食生活が乱れているから、サプリを摂る。おかしくない?
 クスリはイヤだけどカウンセリングは平気、という人も多い。カウンセリングは身体に害を及ぼさないと思っているのだろうか? そんなのは誤解。カウンセリングも、脳の機能を改善する働きがあり、それはクスリと同等の作用だという報告もある。とすれば、当然、副作用もある。
 同じクスリでも漢方薬なら抵抗がない人、いるよね。副作用がないから、とか、自然にあるものを利用しているクスリだから、とか。これも誤解。漢方専門医じゃない医者が処方できるのは、いわゆるエキス剤というもの。これは副作用が少なくなるように調合されたもの。漢方専門医が処方する生薬は、時に副作用が強く出る。エキス剤だって、例えば柴胡剤には間質性肺炎を引き起こすという場合もある。一歩間違えば怖いクスリだ。
 心のクスリはクセになるから、ともいう。クセになるって、どういうこと? 止められなくなるって意味? じゃぁ、高血圧の治療薬はどう? 糖尿病の治療薬はどう? 身体の病気のクスリも、簡単には止められない。でも、どうしてクセになったって表現しないの?
 心の病気は、心が弱いから罹るんだって。ホント? 精神力が鍛えられている人、例えば一流のスポーツマンでも、心の病気にはなるよ。それはどう考える?
 ココロって、自分の意志でどうにでもなるって思っているのかなぁ。それは大きな間違い。自分の思いどおりにならないのは、カラダと一緒。自分の思いどおりに行動できる人って、いないでしょ?
 
 そんなことを、いつもの診療で考える。疑問は尽きない。

こんなんあり?

 世間は成果主義への転換を図ろうとしている。いや、すでに転換してしまったのかもしれない。にもかかわらず、医療制度は旧態依然としているようだ。これだけでは何をいっているのかわからないと思うので、少々説明したい。
 私が3ヶ所の診療所に勤務していることはすでに話した。そのうち、A診療所では週2回あった診療日が週1回に縮小、つまりリストラされたわけだ。その主因は、臨時休診が頻繁にあったことだと思っていた。事実、それが理由であるとの説明を受けている。ところがそうじゃない理由がわかってきた。きっかけはC診療所院長からの電話だった。
 C診療所は、医者一人、パラメ10人弱という大所帯である。ここに院長の体調不良によって、数人のヘルプが入った。その一人が私であるが、私は全9コマの診療枠のうち、4コマを任されることになった。
 私は、これを向上心と呼ぶのかどうか疑問だが、常に新しい情報を取り入れることを心がけていた。それが患者さんのためになると信じていたから。それはつまり、新しい治療法を導入すること、であり、場合によっては医者、患者両者の負担を減らすことにもなっていた。だから、新しい治療法で急速に症状が消失する人もあれば、そうじゃない患者さんもいる。症状が消失した患者さんに関しては、それまで頻繁に通院してもらった状況から抜け、一定の期間を間にはさんだ経過観察期間に入る。そしてその期間中大きな問題がなければ治療終了、つまり治癒するわけだ。
 医療機関は、患者さんが受診することによって、初診若しくは再診料を保険組合に請求できる。また、その他の必要な処置、検査の手数料も同様に請求できる。だから、患者さんが頻繁に受診する間は、変な話だが、医療機関は儲かるわけだ。もちろん、ここで何をどう請求する、できるのかという別の問題があるのだが、それは今回は省く。繰り返す。患者さんが調子の悪い間は、頻繁に受診するので医療機関は儲かる。ところが、症状が収まって、経過観察機関に入ると、患者さんが通う回数は減る。つまり、医療機関は儲けが少なくなる。これは当たり前のことだ。私も納得している。ところが、近年の医療技術の進歩によって新しい局面が生まれてくる。つまり、慢性疾患をどうするか、ということだ。
 さらに繰り返すが、風邪や外傷といった急性疾患は、治療初期には頻繁に受診し、治療、処置を繰り返すが、症状が改善してくると通院の必要性がぐっと減る。ところが、喘息や精神疾患などの慢性疾患では事情が異なってくる。治療が適切に行われれば、大部分の患者さんは症状が落ち着き、経過観察機関に入る確率が高くなる。言いようによっては、適切な治療を行った方が早く症状が落ち着くわけだ。つまり、通院回数が減少する。これは医療機関の儲けには繋がらない。精神科では、症状が落ち着いていれば大部分の薬剤は1ヶ月投与が認められている(例外は睡眠導入剤などの一部である)。つまり、腕の良い医者は経過観察期間の長い患者さんを多く抱えるわけだ。だが、これは儲けに繋がらない。特に治療も処置も必要のない、同じ薬物を投与し続ければいいだけのことだから、保険機関も多額の支払い請求には応じない。かろうじて私が少しだけ知っている内科疾患は喘息だけなのだが、これも事情は一緒だ。が、内科学会の発言力は強いので、保険制度の変革も内科疾患から始まることが多いのだが、喘息に関しても、初期の対応をうまくすれば経過観察期間に入るのは精神疾患と同様だ。そこで慢性疾患管理料という方法が導入されている。もちろん、精神科にもその請求はできるのだが、その請求額は少ない。
 具体的な金額を例示できればいいのだが、そこまでまだ勉強がいたっていないのでご勘弁いただくとして、話を続ける。ここまでの論法で行けば、腕の良い医者や、治療法が確立された分野では、収入が激減することになるという話だ。成果主義からすると、これはおかしい。治療がうまく行くと儲からなくて、治療がへたくそだと、儲かる。つまり、いい加減に診療したほうが、繁盛するのだ。こんな話はあるか?
 C診療所院長からの電話はこうだった。
 私は、症状が落ち着いた患者さんに関しては、患者さんの通院の便宜と、私自身が疲れないように、つまり激務を避けるために、通院間隔を延ばすことにしていた。それはA診療所でもB診療所でも同様である。C診療所だけ特別の措置を行っているわけではない。すると当然、毎月の延べ受信者数は減少するから、単価を上げないと儲けが少なくなる。ところが、それは先に述べたように、請求額、つまり単価は下がるのだから儲けの減少に拍車がかかる。それは困るというのだ。経営からするとそうであろう。単価と顧客の数を増やすことで企業は成り立っているのだから。だが、いい加減な対応しかしてくれず、頻繁にサポートを頼まなければいけない会社と、いったい誰が喜んで契約を結ぶのだろう。世間的には、十分なサポートと、安心できる内容に対して謝礼となる対価を払うのであろう。そして市場をしき開拓していくのが企業の進むべき道だと理解している。これが医療業界では逆転しているのだ。医療業界では、新規開拓することは新たな病気を作ることであり、これは現在の医療費抑制の動きからは逆の方向性になる。厚生労働省は医療費削減のために、請求額単価(これを業界では点数と呼ぶが)を全体では減らそうとしている。
 私自身はこの方針を続けるつもりなので、早晩、C診療所から撤退することになろう。A診療所でも同様の方針をとっていた(る)ため、おそらく、来年度はリストラされるだろうと思う。B診療所ではどうなるか....。